其の五


「義人……なんで…なぜお前が、こんなところに…。」
自分の胸に倒れ込んできた森山モータースの従業員…橋野義人を抱きかかえながら、リフトマンは
呟いた。義人の体には、トカゲリアンから発射された巨大な尻尾の槍が腹から突き刺さり、背中を突き
抜けて串刺しになっている。白い作業用のツナギが、みるみる赤く染まっていった。
「……やっ………ぱ…り……。」
義人が口から血を溢れさせながら、微かに声を発した。
「おぉ?…なんだ?」
「…やっぱり……社長だっ…た…ん…スね……リフト、マン…。」
「義人……。」
「オレ…知ってた…ん、スよ…社長……パチンコ、行くっ…つっても……パチン、コ…屋、なんか……
行って…なかっ、たこ……と……こっそり、ついて……来ちゃ、い…ま…し……た…。」
ゴフォッ。
再び義人の口から、大量の血が吐き出された。
「わかった…わかったからっ!…もう喋るなっ……!」
リフトマンは義人を抱きかかえる腕に更に力を込めて、震える声で言った。すでに汗と涎でびしょびしょ
になっている厳つい顔を、今度は涙が濡らしていく…。
「社長…そんな、に…くっつかれ…たら……汗臭い…っス、よ…へへ……で、も……あったか、くて……
…気持ち…いい、や……。」
「義人……義人おぉぉっ…!」
「…オレ……社長、の…リフト、マン、の……役に…立って、死………死ねるん、ス……ね……。」
「馬鹿野郎おっ!…死ぬなんて……死ぬなんて、言うなあぁっ!」
「え………なん、て…………よく……聞こえ…な…………。」
「義人っ…!」
「……………………………」
「…義人……?」
「……………………………」



「………うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」
リフトマンは泣いた。男泣きに泣いた。今は亡き父親から受け継いだ整備工場を、一緒に守ってきた
掛け替えのない仲間が死んだ。自分を助けるために、盾となって死んだ。リフトマンは泣いた。己の
不甲斐なさに、大声をあげて泣き叫んだ。
どんな悪にも体一つで立ち向かう屈強な男が、その厚みのある逞しい肉体を震わせて泣き続けた。
日焼けした厳つい顔は、大量の汗と涎と…涙でぐしょぐしょに濡れている。
「ゲリゲリィッ!!とんだ邪魔が入ったな!ゲリゲリゲリィーッ!!」
不意にトカゲリアンが叫んだ。リフトマンは震えていた体をピクンと止めると、泣き叫ぶのをやめ、前方
のトカゲリアンをゆっくりと睨み付けた。
見ると、トカゲリアンの尻尾の断面が驚いたことに再生を始めていた!
「なにっ…!」
驚愕するリフトマン。
「ゲリィ……次は外さないゾぉ…ゲリゲリィ…!」
トカゲリアンは、薄ら笑いを浮かべながらリフトマンに狙いを付けていた。

「…見ていてくれ、義人…。お前の敵は、この俺が必ずとってみせる!」
そう言うとリフトマンは背後に体を捻り、抱きかかえていた義人の亡骸をできるだけ後方の地面に…
できるだけ優しく、置いた。
ふたたび前を向き前方のトカゲリアンと向き合うと、リフトマンは腹の底から、いや地の底から響き渡る
ような野太い声で吼えた。
「許さんっ!……許さんぞおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!」
ゴゴゴゴゴゴオォッ!!
一瞬、廃工場の敷地全体が揺るがされたかと思うほど、凄まじい気迫の咆哮だった。
「むんっ!!」
リフトマンは気合を入れると、太く逞しい両腕を天に向かって突き上げた。ウェイトリフティングでいう
スナッチやジャークのフィニッシュ時の体勢である。
やがて、頭上に高々と上げた両腕に、どこからともなく光の粒子が集まり始めた。それはリフトマンの
頭上で何かを形作ろうとしている。
「うむうううぅぅぅっ!!」
リフトマンはさらに気合を入れ、両腕の、全身の筋肉に力を込めた。それは巨大なバーベル………
リフトマンの頭上では、その両腕に巨大な光のバーベルが形作られようとしていた!

「ゲリリッ!バーベル・アタックか!…だが知っているゾ、キサマのその必殺技も大量のエネルギーの
溜めが必要だとな!いまのボロボロのキサマに、そんな大技が果たして打てるのかナ?ゲリィッ!?」
相変わらず薄笑いを浮かべながら、トカゲリアンが嘲る。こちらも必殺技を放つために、巨大な尻尾の
再生を急いでいるが、なぜか余裕すら感じられるのが不気味であった。
一方リフトマンは、いまだ捕獲罠の刃に左右の脚を挟まれたまま脹脛からどくどくと出血し、毒の効き目
も戦闘員達から嬲り者にされたダメージも残っている。その逞しい肉体は、まさに満身創痍であった。
「くっ…確かに俺の体はボロボロだっ!だが!お前達悪の野望を打ち砕くまでは、俺は絶対に倒れは
せんぞおぉぉっ!!」
リフトマンが野太い声でそう叫ぶと、光のバーベルの形が一際はっきりとしてきた。
「ゲリッ!ほぉ…たいしたものだな。だが、やはり勝つのはこのオレ様だ!ゲリリッ!!」
「なにおぉっ!!」
「ゲリゲリィーッ!見るがいい、リフトマン!キサマの周りに倒れている我が戦闘員どもを!!」
そう言うとトカゲリアンは、小さなリモコンのような物のスイッチを押した。
すると、あろうことか倒したはずのデス戦闘員達が、むくむくと起き上がり始めたのだ!
「な……なんだとっ!?」
仁王立ちになり両腕を高々と頭上に上げたまま、リフトマンはゴーグルの奥で目を見開いた。
「ゲリゲリゲリッ!!確実にキサマを葬り去るために、この廃工場に集めた戦闘員には命を二つ埋め込ん
であるのだ!一度倒されても、オレ様のスイッチ一つでもう一回生き返るのだぁぁっ!!ゲリゲリィーッ!」
トカゲリアンは高らかに笑った。
「ぐっ…畜生ぅっ!!」
歯をくいしばり悔しがるリフトマンを満足気に眺めながら、トカゲリアンはデス戦闘員に指示を出した。
「ゲリゲリッ!いけっ、戦闘員ども!今度はヤツの必殺技にエネルギーを集中させないことだけを考えて
攻撃するのだ!…リフトマンの急所を狙い、そこからエネルギーを放出させてしまえっ!ゲリリィーッ!!」
デス戦闘員達が、ふたたび身動きできないリフトマンを取り囲む。
「くっ……むうぅぅっ!」

リフトマン、絶体絶命。

つづく

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