其の弐


地獄ヶ原の廃工場……その少し手前で軽トラックを停め、厳介は物陰からその敷地内を覗いていた。
建物の壁等は壊され、風化している。人の気配はまるでない。
しかし、そこにデスマーダーの悪意が立ち込めていることは、ひしひしと伝わってきた。
「……よしっ!」
厳介は気合を入れると両足を大きく開いて仁王立ちになり、両腕に力瘤を作ってガッツポーズの体勢をとった。
白いランニングから剥き出しになった腋の下に、汗にまみれた腋毛が光って見える。
悪の組織にたった独りで闘いを挑みにいく男の匂いが、その腋の下から、いや全身から放たれていた。

「チェンジっ!リフト・アァァァーップっ!!」
厳介の野太い叫び声とともに、一瞬その体が青い光に包まれた。
もともと着用していた衣類は、汗にまみれて黄ばんだ白ブリーフを残して消滅し、代わりに伸縮性のある光沢を
帯びた青いスーツがその逞しい全身を包んでいた。
手足にはそれぞれ白いグローブとブーツが装着され、腰にはウェイトリフティングの選手を思わせる極太のベルト
が締められている。青いスーツの胸部分には、バーベルを模したシンボルマークが黄色と白で描かれていた。
頭部は、短く刈り込まれた短髪はそのままにヘッドバンドが装着され、バンドに取り付けられた青透明のゴーグル
が厳つい素顔の上半分を覆っている。

口を一文字に結び無精髭の生えたゴツい顎を引き締め、ゴーグルの奥には戦う男の闘志を漲らせた鋭い目が
光っていた。
「いくぞっ!!」
そう叫ぶとリフトマンは、敵の罠が渦巻いているであろう廃工場の敷地内に、単身乗り込んでいった。

「ギギィーッ!」
「ギギッ、ギギギィーッ!!」
敷地に足を踏み入れると、一見無人だと思われた廃工場から大勢のデス戦闘員が襲い掛かってきた。
「むっ!とうっ!うおぉぉぉおっ!!」
リフトマンは筋肉を盛り上げた逞しい腕と脚で、次々とデス戦闘員を倒していく。リフトパンチ、リフトキックはその
一撃一打が戦闘員にとって致命傷になる程の威力をもっていた。
戦いは有利に運んでいるように見えたが、リフトマンはデス戦闘員達の動きに違和感を感じていた。
(こいつら…俺に攻撃を仕掛けてはくるが、あくまでも一定の距離を保ってやがる。何を企んでいるんだ…。)
訝しがりながらもリフトマンは戦闘員を追った。すると急に視界が開け、この廃工場の中心にある広場に出た。

「ゲーリゲリゲリゲリィーッ!!待っていたぞ、リフトマン!まんまと誘い込まれてきたなぁっ!」
広場の奥には、あのテレビ映像に写っていた怪人、トカゲリアンが立っていた。
「お前がトカゲリアンかぁっ!」
「ゲリゲリッ!そのとおり、オレ様がデスマーダーの最強怪人トカゲリアン様だっ!リフトマン!罠とも知らずに
ノコノコと現れおって、ここがキサマの墓場となるのだ!ゲリゲリゲリィーッ!!」
「なにおぉっ!あんな挑戦状を叩きつけてきたからには、罠があることなど百も承知だっ!だがどんな卑劣な
罠があろうと、俺はお前達を倒すまで闘い抜いてみせるぞぉっ!!」
辺り一面に響き渡る野太い声でそう叫ぶと、リフトマンは広場の中央まで躍り出た。
それを見たトカゲリアンは、その巨大なトカゲのような口の端を歪めてニヤリと笑ってみせた。

ボコォッ!ズボボォッ!     バチィーーーン!バチィーーーーーンッ!!

「う、うぉっ!?ぐおおおおおおぉっ!ぐ、ぐわああぁぁぁぁあっ!!」
突然、リフトマンの苦しみ悶える叫び声が、広場に響いた。広場の中央まで跳び出したリフトマンの左右の脚が、
突如地面から現れた捕獲罠によって挟まれてしまったのだ。右脚と左脚それぞれに、まるで食虫植物が獲物を
咥え込むかのように、鋼鉄製の刃が脹脛の左右から食い込んでいた。
「む、…う、うむぅぅぅっ………!」
脂汗を流し、痛みに耐えるリフトマン。本来、青い光沢を放つタイツのようなこのリフトスーツは、通常の刃物では
傷付けられはしない。だがこの捕獲罠は対リフトマン用に特別な処置を施しているのであろう、その刃は完全に
脹脛の肉まで食い込み、白いブーツを血の赤に染めていた。

「ゲリゲリリィーッ!どうだ、リフトマン!キサマの強さの一つは、その強靭な足腰にある!それを封じてしまえば、
いかにリフトマンとて赤子も同然よ!ゲリゲリゲリリィィィーーーッ!」
トカゲリアンが満足そうに高らかに笑った。
「っ…畜生ぅっ!なんの、これしきっ………うぉっ!?」
両脚の痛みに耐えながら、なんとか捕獲罠を外そうとするリフトマンの肉体に、突如異変が襲った。
「か、体が、熱い…熱すぎる……くぅっ!」
捕獲罠の刃が突き刺さった脹脛から下半身、下半身から全身に、その異様な熱さは廻っていった。
「う…うぐぅぅぅ……っ!」
全身から滝のような汗を流し仁王立ちになりながら、ただひたすら痛みと熱さに耐えるリフトマン。もともと体に
密着し筋肉の盛り上がりを浮き彫りにしていたリフトスーツは、この大量の汗によって更に密着度を増していた。
腋の下の汗染みは分厚い大胸筋や硬くせり上がった腹にまで伝わり、青いスーツ越しに腋毛や乳首が透けて
見えている。両脚を大きく開き一歩も動かせないでいる下半身も、大量の汗染みに覆われ、汗でぐしょぐしょに
なったブリーフや黒々とした陰毛までもがうっすらと透けて見えていた。
胸のバーベルを模したシンボルマークも、歯を食い縛った口の両端から流れる涎と汗でびっしょりと汚れている。
そして、リフトマンの男としての象徴でもある股間部の盛り上がりが、手に取るようにその姿を露にしていた。

「ゲリゲリッ!どうだリフトマン、苦しいか!?キサマの鋼のような肉体を痛めつけるには、その内部から攻撃する
のがよいと思ってなぁ、捕獲罠の刃にオレ様特製の毒を塗っておいたのだ!」
「な…に……っ!」
「ゲリーッ!やれ!デス戦闘員ども!ヤツはもはや人間サンドバッグも同然だ!思う存分嬲り者にしてやれぇっ!
ゲリゲリリィィィーッ!!」

つづく

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