其の壱


「おぉいっ、そろそろ昼飯にするぞぉ!」
「うっス!へっへー、今日こそはおやっさんの奢りでパーッと寿司でも頼みましょうよ!」
「ばーか、俺だって金欠だってぇの。それになぁ、何度も言ってるだろ。社長と呼べ、社長と!」
「へーいっ、しゃ・ちょ・おっ!」

森山モータース。社長一人、従業員一人の小さな自動車整備工場だ。社長の森山厳介(もりやまげんすけ)
は男盛りの46歳。見合いの一つでもしていれば、今頃は立派な妻子持ちになっていたかもしれないが、亡き
父親が遺したこの小さな整備工場を維持するのに躍起になって働いて、気がつけばこの歳になるまで独り身
を通していた。

短く刈り込んだ短髪に、浅黒く日焼けしゴツゴツとした厳つい顔。身長173センチ体重110キロ。決して目を
見張るほどの巨漢ではない。しかし、学生時代にウェイトリフティング部で鍛えたその肉体は、腹こそ出ては
いるもののそれ以上に分厚い大胸筋、盛り上がった二の腕、丸太のように太く逞しい足などにより、実際の
サイズより彼をひと回り大きく見せていた。

町を歩けば下手なチンピラが避けていくような風貌の厳介だが、義理人情に厚く、涙もろい面もある。

そんな人柄に惹かれて、本来社員は雇わない主義の厳介のもとに無理矢理入り込んだのが、押しかけ従業員
の橋野義人(はしのよしひと)である。

もともとは町で悪さをしていた義人が、偶然通りかかった厳介に窘められたのが縁であった。
25歳の若者で、なかなかの二枚目である義人は、その気になれば何人もの彼女でも作り楽しく暮らすことも
出来るであろう。だが彼は、汗まみれのゴツい親父と共に暑苦しい工場で働くことを望んで、押しかけて来た。

自分独りの手で工場を守っていきたいと思っていた厳介にとって、義人は厄介者以外の何者でもなかった。
しかし、義人の熱意に根負けした形で雇い始め、ただのお調子者だと思っていたが仕事に対しては真面目に
取り組む姿勢や、自分を心底慕ってくる姿を見るにつれ、今では森山モータースになくてはならない大事な仲間
となっている。

だが、そんな義人でさえ知らない、いや世間の誰も知らない秘密が厳介にはあった。


彼こそは、正義の為に闘う男、「重量戦士リフトマン」なのである!

悪の秘密組織「デスマーダー」に、たった一人で敢然と立ち向かうのであった!

小さな作業場から地続きになっている茶の間で、厳介は義人と買出し弁当を広げていた。
汗と油で汚れた白いツナギの袖を腰の部分で結び、上半身は汗で体に張り付いたランニング一枚という、
厳介の休憩時間にはお馴染みの格好である。
そんな厳介がどっかと胡坐をかき、これまたお馴染みの「唐揚げ弁当」大盛りを頬張っている横では、厳介
と同じ格好で上半身はTシャツ姿の義人が、昼のバラエティー番組に夢中になりながら同じく唐揚げ弁当に
手をつけていた。

タレントのコントやアイドルの裏話に一喜一憂しながら見ている義人とは違い、厳介は昼飯時の暇つぶしにと、
ただぼんやりとテレビに目を向けていた。
その時、一瞬テレビの画面がぶれたと思った次の瞬間、突然奇怪な映像が映し出された!
「ゲーリゲリゲリゲリィィィーィ!聞こえるか!?リフトマン!」
テレビには、トカゲが角を生やしたような不気味な怪人が映っていた。
「なにっ!?」
ガバッと立ち上がろうとする厳介。
「へっ?どーしたんスか、おやっ………社長?」
突然の厳介の行動に、キョトンとしながら義人が尋ねた。
「え、いや……何でもない、すまん。」
(こいつにはこの映像が見えていないのか…)
厳介は再び胡坐をかき、もとの体勢に戻った。どうやらこのトカゲの様な怪人の映像は、特殊な能力を持った
人間にしか見えない波長で送られてきているようだ。
「キサマならこの声が聞こえているだろう。オレ様はデスマーダーの最強怪人、トカゲリアン様だぁ!
これより我々は東京壊滅作戦を実行する!」
「………っ。」
トカゲリアンの演説を、厳介はテレビを睨み付けながら聞いていた。
「リフトマン!東京壊滅作戦を阻止したくば、地獄ヶ原の廃工場まで来るがよい!!邪魔者のキサマを血祭り
にあげ、作戦開始の狼煙とさせてもらうワぁっ!…もっともキサマに、この最強怪人のオレ様と戦う度胸があれ
ばの話だがな!ゲリゲリゲリーッ!!」

ガダンッ!!
厳介の逞しい剥き出しの腕が振り上げられ、卓袱台が拳で叩きつけられた。
「な、なんスか!?社長っ!」
義人が目を丸くしている。
「…わりぃ、ちょっと出かけてくる。」
そう言うと厳介は、森山モータースの軽トラックの鍵を握り締めて車庫へと歩きだした。
「出かけるって、午後の仕事はどーするんスか?いったいどこへ…。」
「……パチンコだ、パチンコ。」
「……………………………はぁ…。」
ちからなく返事をする義人をよそに、厳介は軽トラックを発進させた。
いままでも厳介は、仕事中にデスマーダーとの闘いに赴くときにはパチンコを口実に使っていた。
そのたびに義人は「仕事をほったらかすダメ社長」に呆れながら、見送っていた。
しかし、今日はいつもと様子が違っていた。鬼気迫る表情、握り締められた拳…明らかにパチンコなどではない。
義人の胸に、得体の知れない嫌な予感がよぎった。


つづく

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