其の弐


日の光が差し込む小屋の中、ダイサクは胡坐をかき銛の手入れをしていた。
薄汚れた布を羽織っただけの質素な着物から剥き出しになった腕には、昨夜の化物との闘いで
受けた傷が生々しく残っている。
…腕だけではない。うっすらと汗を浮かべた厳つい顔にも、黄ばんだ褌から伸びた脚にも、幾筋
もの傷跡が癒えることなく残っていた。
傷の痛みに耐え、一心に銛の手入れをしながら、ダイサクはふと今は亡き幼い息子のことを思い
出していた。
一人息子のダイキを連れ、時折り近くの川でこの銛を使い魚を獲っていたのだ。
大きな魚が獲れた時のダイキのはしゃいだ顔が、ダイサクの瞼に浮かんだ。

「…ダイキ………。」

ふと、息子の名を呟くと、その浮かんだ顔は昨夜出会った風の精霊、フウタの顔へと変わっていく。

『おっちゃん…あの化物を退治したいんなら、オイラが手伝ってやろうか?』
「………く…っ。」

その後のフウタの提案を思い出しながら、ダイサクは銛を研ぐ手に力を込めた。


その時、戸口の方から男の声が聞こえてきた。

「おぉい、ダイサクぅ。…おるんじゃろぉ?」

そう言うと、男は小屋の中へと上がり込んできた。
男の名はヘイゾウ。ダイサクよりも十は歳がいっているが、畑仕事で鍛えられたその体躯は小柄
ながらもがっしりとしている。
女房に先立たれたダイサクを気にかけ、何かと世話をやいてくれるのだ。

「なんじゃぁ、おるんだったら返事ぐらいせんかぁ。」
「……………。」
「ほれ、うちの女房がこさえた握り飯じゃ、食え食え。」
「………いらん。」

ダイサクは振り向きもせずに、銛を研ぐ手を休めることなく答えた。

「…まったく、お前ぇはそんなこと言うて。お前ぇみてえなでかい図体した奴が、何日もろくに飯も
食わなかったら体壊しちまうじゃろぅがぁ。」
「……………。」
「とにかく、ここに置いとくけぇ、後でちゃぁんと食え。…な?」
「…………すまん…。」
「おぅ。…あぁ、それとな、そろそろ奉納相撲の時期じゃからな。隣村の連中が、今年こそお前ぇを
負かして名を上げるっつって張り切っとるそうじゃ。…出るんじゃろ?」
「……………。」
「……気持ちは分かるが…その…お前ぇがいつまでも塞ぎこんどったら、ダイキも浮かばれんぞ?」
「……………。」
「…じゃぁな、ちゃんと考えとけよぉ。」

そう言うと、ヘイゾウはダイサクの小屋を後にした。ダイサクは、額に汗を浮かべながら一心に銛の
手入れを続けていた…。



「どうなさった、ヘイゾウさん。浮かない顔をして。」

自分の家に帰る途中のヘイゾウに、白髪混じりの温厚そうな老人が声をかけてきた。
この村の村長である。

「おぉ、これはこれは、村長さん。今日もいい日和ですなぁ。」
「そうですなぁ。ところで…何か考え事ですかな?」
「いえね、つい今しがたダイサクの顔を見に行ってきたんですがね…。無理もないんじゃろうが…
あの豪放磊落な男が、すっかり無口になりおって…。」
「ほほぅ…。」
「それに、後姿じゃったが腕も脚も傷だらけなんですわ。まさかとは思うんじゃが、そのぉ…。」
「…なんですかな?」

村長の問いかけに、ヘイゾウは、言い難そうに言葉を続けた。

「いえね、その……もしかして、本当にダイサクの言うように、あの沼には…そのぉ……ば、化物が
おって、あいつは、それと一人で闘り合ってんじゃぁ…。」
「いませんよ。」
「………へ…?」
「ヘイゾウさん、この世の中には……化物なんて、いませんよ…。」
「……………そうですなぁ、村長さん。いるわけがないですわなぁ。」


その夜。
ダイサクは再び、森の奥深くに佇む沼へとやってきた。
沼の畔で早々に一糸纏わぬ素裸になると、昨夜と同様、右手に二又の銛を構え沼の中へと入って
いった。

………ゴポッ…。

四、五歩進んだところで、早くも沼の中央から不気味な気泡が沸き起こる。
………そして…。

「ブオオオオォォォォッ!!」

ザッバァァァァーーーーッ!

一気に水面が盛り上がると、昨夜の化物がその姿を現した。

『アイツはおっちゃんの精を飲んだことで、力を増したはずだよ。化物は子供の生き血を飲むと百年
長生きするけど、大人の精を飲むと二百年は長生きするって神様が言ってた。』

ダイサクの脳裏に昨夜のフウタの言葉が過ぎった。
事実、化物はフウタに切断されたはずの触手を元通りに再生させており、その勢いは昨夜よりも
むしろ増しているようである。

「くっ!…………畜生ぅっ!」

鋭い眼光で化物を睨みつけていたダイサクは、意を決したように銛を握った右手に力を込め、両手
両脚を大きく開いて仁王立ちになった。

「おいっ!化物っ!…俺の精が欲しいのなら、昨日のように俺の一物を扱いてみせろぉっ!!」

成熟した男の逞しい肉体。足元も覚束ないほど薄暗い森の中で、僅かに差し込む月明かりに照らし
出されたダイサクの肉体は、それは見事なものであった。
太い眉を寄せ脂汗が滲んだ眉間、無精髭に覆われた厳つい顔は、まさに成熟した男のものである。
太い首から繋がる盛り上がった肩、分厚い胸板を覆った胸毛や、逞しい二の腕の付け根に生えた
腋毛が汗で光って見えている。
沼の浅瀬に仁王立ちで構える両脚は、木の幹のように太く雄々しい。その付け根には、厚い包皮に
覆われてはいるものの、太く、猛々しい男の象徴が堂々と垂れ下がっていた。
成熟した男の精を欲する化物にとって、まさしく極上の獲物。
昨夜は大人しくさせる為に散々痛めつけた相手が、今夜は自らその逞しい肉体を差し出している…。
化物が迷うはずもなかった。
素早く幾本もの触手を伸ばすと、ダイサクの手足に絡みつき己の頭上へと掲げ上げた。

「くぅ…っ!」

化物の頭上で大の字に掲げられながら、ダイサクは右手の銛だけは何があっても落とすまい、と拳に
力を込めていた。

『神様が言うには、あの化物の弱点は頭の上にある口の中。あの口を開けさせるにはどうすればいいか
…分かるよね?おっちゃん。』

ダイサクの頭に、昨夜のフウタの提案が思い出される。

「……………くそっ!」

剛毅なダイサクにとって、化物の手に掛かり辱めを受けるなど死よりも耐え難い屈辱であった。
しかし、全ては息子の敵を討つため…ダイサクは、歯を食い縛り耐え抜く覚悟をしていた。
残りの触手が大の字に拡げられたダイサクの肉体に伸びてくる。
…左右の乳首を舐り、包皮に覆われた男根に巻きつき上下に扱く。

(…はぁ、はぁ……くそ…はやく、その口を…開けやがれ…っ!)

自分が精を放つ時こそが、化物の弱点をつく唯一の好機。ダイサクはその時がくるのを、ただひたすら
待ち続けた。

そんなダイサクの決意をよそに、突然、一本の触手がダイサクの尻の割れ目をなぞり始めた。

「うおっ!?な……っ!や、やめろぉっ!!」

ダイサクは肛門を犯される危険を感じ、これはかなわんと尻の筋肉に力を込めた。しかし、滑々とした
表面の触手は容赦なくダイサクの尻へと潜り込もうとしてくる。
両脚を大きく開かされ、左右の乳首や男根への絶え間ない苛み…さしものダイサクも、とうとう触手の
肛門への進入を許してしまった。

「がっ!………ぐはぁっ!……くぅ…っ!」

触手は、本能でダイサクの急所を察知し、的確に責めてくる。

「うぐぅ!……はぁ…はぁ…ぐおっ!…あ!……おあぁぁぁっ!」

初めて味わう肛門への挿入感。内部からの刺激…。
ダイサクの肉体は、全身から噴き出した汗でてらてらと光っている。歯を食い縛ることすら出来ない
半開きの口からは、だらだらと涎を垂れ流していた。
あまりの刺激に、目は虚ろになり意識が遠のき始める…。

(…俺は………息子の……ダイキ、の………敵…を………)

幼い一人息子の敵討ち…その一点だけが、かろうじてダイサクの正気を保っていた。
押し寄せる初めての快感に、ダイサクの男根はこれ以上無いほどに怒張し、厚い包皮は完全に剥けきり
反り返っている。汗と先走りと触手の滑りによって、扱かれるたびにぐちょぐちょと淫らな音をたてながら、
放出の時を今か今かと待っていた。

汗まみれの逞しい肉体を大の字に掲げられながら、肛門を、乳首を…そして男根を責め抜かれていた
ダイサクは、やがて絶頂の時をむかえた。

「はぐぅ…っ!畜生っ…俺は……ダイキの、敵を…うむぅ!…ち、畜生……うぉ…ちく、しょ…う…………
畜生おぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」

ドビュウゥゥゥゥゥーーーーッ!!ビッ!…ドブッ!!…ビュッ!!ドビッ!

ダイサクの男根から、夥しい量の精液が放たれた。
大量射精により、意識が朦朧とするダイサク…。しかし、ダイサクから放たれた精を飲み込もうと化物が
頭頂部の口を大きく開けたのを見た瞬間、ダイサクはカッと目を見開き大声で叫んだ!

「フウタっ!いまだぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

ギュルルルルルル………ッ!

ダイサクの合図と共に、森の奥から巨大な三角形の石が物凄い速さで回転しながら飛んで来た。
そして…。

ズバァッ!!…ズバァァァァァッ!!

ダイサクの四肢に絡みつき、その肉体を陵辱していた触手を切断していった。
触手から解放され、昨夜と同じように落下していくダイサク…。
しかし、昨夜とは違い、その右手には決して放すまいと誓った二又の銛が力強く握られていた………!

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」

ダイサクは研ぎ澄まされた二又の銛を両手で握り締めると、化物の頭頂部で開かれた巨大な口の中
目掛けて突き立てた。

………ズブボチャアァァァァァァッ!

「ギィエエエエェェェェーーーッ!!…ギエエエェェェーーーーッ!!」

断末魔の叫びを上げながら、でたらめに暴れまわる化物…。
その勢いで、ダイサクは沼に振り落とされてしまった。

「うわぁぁぁぁっ!」

ドボォォォン…ッ!

沼に沈みながら、ダイサクは心の中で叫んでいた。

(やったぞ……俺は、とうとうダイキの敵を討ったんだ…!)

…すると、どこからともなくダイサクの心に話しかけてくる声が聞こえてきた。

(………半分ダ…)
(!?………なにっ…?)
(我ヲ屠ッタトコロデ、オ前ノ敵討チハ半分シカ終ワッテオラン…)
(…なんだとっ!?……どういうことだっ!)
(悔シカロウ悔シカロウ悔シカロウ悔シカロウ悔シカロウ悔シカロウ………)

沼の化物と思われる声を聞きながら、ダイサクの意識は遠のいていった。




「…と…ちゃん………とうちゃん……」
(……ダイ、キ…か……?)

ダイサクは、うっすらと意識を取り戻しながら、今は亡き一人息子のダイキが自分を呼ぶ声を聞いた気が
した。………次の瞬間。

「おっちゃん!!……おっちゃんっ!!」

気がつくと、目に涙をいっぱいに溜め顔をぐしゃぐしゃにしたフウタが、岸辺に引き上げられたダイサクを
覗き込んでいた。

「………フウタ…。」
「!おっちゃん!…気がついたかい?」
「……あの化物は…?」

ダイサクの問いに、フウタは沼の中央を指差した。
そこには、銛を突き立てられた頭頂部の口から緑色の泡を吹き、ぶくぶくと沼の中に消え入ろうとして
いる化物の姿があった。

「おっちゃんが…おっちゃんが倒したんだぜっ。」
「…ああ………。」

ダイサクは、闘いが終わったことをあらためて実感した。
その時、ふとダイサクは違和感を感じた。あの小生意気な風の精霊が、泣いている…?

「おい、フウタ。お前…まさか、俺を心配して泣いていたのか?」
「えっ!…な、ち、違わいっ!オイラ泣いてなんかいないやっ!…オイラは元々、神様からこの辺の化物
を退治するように言い付かってて、そ、それに協力してくれる人間は、大事にしろって……そう言われてっ
から…その…。」

顔を赤くして、しどろもどろで慌てるフウタを見ながら、ダイサクは急にこの生意気な精霊が可愛く思えて
きた。

「そうか。……ありがとうな。」
「…………へへっ。」
「……ふっ。」

フウタの頭を手で撫でながら、ダイサクは久方ぶりに笑った気がした。
しかし、それも束の間。
すぐに真顔に戻ると、化物の最後の言葉を思い出していた。

「敵討ちは半分………どういうことだ…。」

ダイサクの呟きを聞きながら、フウタがぽつりと言った。

「『化物は、いつも化物ではない』……って、神様が言ってた。」


つづく

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